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「へゝえ、わしらは用意がえゝですからね、あんな蜜柑箱みたいなもんはすぐこはれるにきまつてるから、家を出るときこゝにつけて来たんでさあ」
「あゝ、さうか。あゝ、さうか」
「かういふ玩具おもちやのやうなものを出して、年甲斐もないことでした」
坐につくとすぐ固苦しい挨拶をはじめた房一に向つて、その気重い調子を払ひのけでもするやうに、老医師の正文は口早やに云つた。
「芋の子」といふのが房一につけられた前からの綽名あだなであつた。それは小さく円く肥つた彼の身体の感じをよく現はしていたが、今ではそれを口にする人々の間に、或る納得しがたい性質、種族の異つた感じ、さういふ意味をいつとなく感じさせて来た。
今それを思ひ浮べたとき、房一はふいに一種の怒気を感じた。それは疾やましさのないはげしい敵意、何かしらぐつと相手を地面まで押しつぶしてしまひたいほどの、腹の底からこみ上げて来る得体のしれない力だつた。
「いや、もう御免蒙つて脱いで行かう」
「さあて、帰るかな」
「じゃそのお松まつと言う女はどうしたんです?」
「何にしても、えらいこつてしたなあ」
「さうかよ。おれは又、河原町を通るんだとばつかり思つた」
「この人はちっと眠むがってるでな……」