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    「あんたも、おめでたいさうで」

    「畜生、弱い奴だ」と、根津は笑った。

    「あんたの犬かね」

    「それぢや、向ふの座敷へ行つて少し休みませうか」

    「小倉組といふと、下の工事場の方ですな」

    「梨地から水神淵へ降りる路ができたからね、そこへ出れば、帰りはずつと楽だ」

    道平は納得したやうにうなづいたが、又ゆつくり身体を坐りなほすのと一緒に、

    今泉はかすかに鼻のあたりを不満げにふくらませた。

    「あの人はつまりこんな風な人なんだわ。こんな風に――」

    と、云ひながら徳次の肩をつかんで押しもどした。誰もが疲労のための一種煤すゝけじみた鎮静を現していたにもかゝはらず、練吉だけは明かにまだ興奮していた。と云つて悪ければ、恐しく深い印象を与へられたものの如くであつた。そして、一応の取調べを受けに、二人の責任者が参考人として自動車に乗せられ、本署のある町まで同行を求められたときに、練吉は自分も乗う込まうとして加藤巡査にひきとめられた。

    坂を上り切ると、路はしばらくごたごたした小山の裾を曲り曲りして、やがて房一の乗つた自転車が心持下り勾配こうばいのために次第に速力がついた頃、突然前方に平地が開けて来た。それは河原町から急坂の路を見上げたときに上方にこんな場所があらうとは想像もできなかつたほどの、明い、開濶な平地だつた。房一は一瞬、路をまちがへて全然見当ちがひの所へ出たやうな気がしたほどである。

    わたしが若いときに箱根に滞在していると、両隣ともに東京の下町の家族づれで、ほとんど毎日のように色々の物をくれるので、頗すこぶる有難迷惑に感じたことがある。交際好きの人になると、自分の両隣ばかりでなく、他の座敷の客といつの間にか懇意になって、そことも交際しているのがある。温泉場で懇意になったのが縁となって、帰京の後にも交際をつづけ、果はては縁組みをして親類になったなどというのもある。

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